『舟を編む』-情熱の彼方

2012年の本屋大賞受賞作『舟を編む』(光文社)をご紹介します。

辞書の編集をめぐるドラマです。「あがる」と「のぼる」の違い,「恋愛」の語釈,辞書の紙の「ぬめり感」など,活字好きにはぐっと刺さる小説だと思います。

ぼくなりに3つの観点からまとめてみました。

情熱

主人公の馬締(まじめ)さん。頭はボサボサで着るものにも無頓着,下宿先は本だらけ。
ぱっと見とっつきにくく,不器用な主人公。妻の香具矢さんは美人です。

辞書編集部に異動になった女子社員が,初めて香具矢さんに会い,馬締さんの妻だと知ったときの言葉です。

どこかにいるかもしれない神さま。なぜ、香具矢さんに抜群の料理のセンスをお与えになるのと引き換えに、男を見る目を奪ってしまわれたのでしょうか。ひどすぎます。こんな美人が選んだ相手が、寝癖頭の袖カバー男だなんて。

そんな馬締さんですが,辞書の編集にかける情熱,言葉のセンスは一流です。
島の語釈について,思考をめぐらせる馬締さん。

「そうですねえ。『 まわりを水に囲まれた陸地』 でしょうか。 いや、 それ だけではたりない な。 江の島は一部が陸とつながっ ているけれど、島 だ。 と なる と」
(中略)
「『 まわりを水に囲まれ、あるいは水に隔てられ た、比較的小さな陸地』 と言うのがいいかな。 いやいや、 それでもたりない。『 ヤクザ の 縄張り』 の意味を含んでいないもん な。『 まわりから区別された土地』 と言えばどうだろう」

圧倒されますね。

一方,馬締さんの先輩社員の西岡さん。
チャラいけれどもムードメーカー,やることはやるタイプ。
人には見せないけれど,辞書の編集にも相当の情熱をもっていましたが,異動になってしまいます。

馬締さんの才能に焦燥する西岡さん。


いったいどうしたら、なにかに夢中になれるのだろう。これしかないと思い定めて、ひとつのことに邁進できるのだろう。

何かに夢中になれるって才能ですよね。
最初はちょっと小馬鹿にしていた馬締さんに感化され,変わっていく西岡さんもかっこいいです。

言葉の力

死者とつながり、まだ生まれ来ぬものたちとつながるために、ひとは言葉を生みだした。

本書に通底する言葉の力。
これを端的に表した言葉だと思います。
このように考えると,改めて言葉って大切ですね。
言葉でコミュニケーションをとれること,紀元前の人の著作や考え方が残っていること,
当たり前のようで当たり前じゃない,そんな感慨にふけってしまいました。

 

言葉ではなかなか伝わらない、通じあえないことに 焦れて、だけど結局は、心を映した不器用な言葉を、勇気をもって差しだすほかない。相手が受け止めてくれるよう願って。

ちょっとした意思疎通のすれ違い。
はっきり言えばいいのに言えなかったり,分かってくれてると思って言わなかったり。
勇気をもって,はっきり言葉で伝えるようにしたいものです。

真理

10年以上の歳月をかけて完成した辞書『大渡海』。
その出版記念パーティーのそばから,改訂作業の話題が出ます。
次から次へと変わっていく言葉。辞書はその編集したときの言葉であって,出版されたら終わりではない。
またすぐに言葉は変わっていく。

有限の時間しか持たない人間が、広く深い言葉の海に力を合わせて漕ぎだしていく。こわいけれど、楽しい。やめたくないと思う。真理に迫るために、いつまでだってこの舟に乗りつづけていたい。

辞書の編集に終わりはありません。
言葉にも終わりはありません。

「真理」があるとして,そこに到達できるのでしょうか。
到達できないかもしれない。
でもそこを目指して努力していくのが人間の性なのかもしれません。

 

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